2015年5月5日火曜日

アーモンドに実がなった

20114年11月に植えたアーモンドに一つ実がなった。苗木を購入したときには、3年くらいで実がつくとなっていたので、うれしい驚きだ。思うに、種から芽が出て3年で実がつくのかもしれない。桃栗3年柿8年。アーモンドも3年なのだろう。実生の大きさは1.5cmくらい。接写したが焦点がうまく合わなかった。実生に付いている産毛が原因なのかな。

来年は全ての花を手で受粉させてやろうと思う。アーモンドの花は4月2日に撮影したもの。

一番下のバラは、昨年6月7日に購入したもの。バラの名称はSouvenir d'Anne Frank。1960年オランダで生まれた品種。オランダ産なのに名前はフランス語。四季咲き。微香、いい香りです。色はオレンジ。






2015年4月25日土曜日

岐阜県関市上之保鳥屋市(とやいち)のヤマツツジ

2015/4/23の中日新聞岐阜県版に、関市上之保鳥屋市のヤマツツジの紹介が出た。本日25日、車で片道70Km、90分かけて見に行ってきた。結果は、時間に見合う花ではなかった。

新聞では、花のすぐ近くまで近づいて観賞していた。山の持ち主も、「たくさんの人が来てくれるとうれしいね」と話していた。

だが、現実には、ヤマツツジの生えている区域には他人は勝手には入れない。よって、一般人は遠くから眺めるだけ。その写真が下。


私がいたとき、他に3台の車がいた。一台は割りに近くの村に住む老夫婦で、「なーんだ」と言ってすぐに帰っていった。あとの2台の人たちは近くまで見に行った。今はまだ、写真入りの大きな記事で紹介するような花ではない。10年以上早い。

下は、鳥屋市不動堂の写真。十数年前に、不動尊は盗難にあって、今は堂の主が存在していません。



2015年4月18日土曜日

正絃社の創立50周年記念「春の公演」へ行ってきた

邦楽の演奏会です。野村正峰氏が一代で築きあげられた邦楽団体の「正絃社」の演奏会です。正峰氏は作曲も精力的に行われた。過去形なのは、氏は2011年84歳で逝去された。二代目家元は、娘さんの野村裕子さん。裕子さんも精力的に作曲もされている。

 今日の演奏会でも、正峰氏作曲「夏草の賦」などが演奏された。魅力ある曲だった。裕子さんの「御茶紀行」も楽しい曲だった。これは、作詞家が舞林紋呂(マリリンモンロー)さん。お茶の由来や種類、効能、全国の茶処などお茶の知識を読み込んだ楽しい歌詞だ。歌った人は、山登松和さんで、いい声だった。演奏12曲のうち6曲が正峰氏の作曲(作詞が入っている曲も2曲)によるものだった。

 野村正峰氏は、「正絃社師匠十訓」なるものを制定されている。それをそのまま実践もしてこられたし、二代目家元も実践しておられるようだ。

組織が一つになり、同じ未来へ向かって進み、曲も新しいものを生み出し続けられる「正絃社」は、邦楽会を守り育ててくれる、希望の星のような気がする。

「正絃社師匠十訓」
1 芸道の師たるものはまず芸を磨くべし ただ磨くべし ひたすら磨くべし
1 師匠たるの矜りを堅持し 教養をつみ 品性を高むべく努力すべし
1 芸の至らざるを恥じず 努力の足らざるを恥ずべし
1 師弟の礼を正すべし 礼なきところ 正しき芸は伝わらず
1 先輩後輩の序を重んずべし 秩序なきところ人の和は生まれず
1 軽々しく師を批判するなかれ 不満ならば礼をつくして所信をのべよ 師を辱しむるは 己を辱しむると知れ
1 芸は師より学ぶのみにあらず 後輩門人と雖も 己より高き芸あらば 道をたずぬるにやぶさかなるべからず
1 芸におごるなかれ 正しき批判力なき者の追従にまどわされず 己の芸を正しく見つむべし
1 門人を貪るなかれ ただし当然受くべき報酬を受くるに卑屈なるべからず
1 門人を愛し指導に最善をつくし 宏量大度をもって接すべし


2015年4月16日木曜日

岐阜市六条の田毎の釜揚うどんはまずい

今日、岐阜市六条南2-9-13のうどん・そばの田毎で釜揚うどんを食べた。おいしいと言われている店だと思うが、スーパーで買う高めのうどんのほうがましだった。

エッジはなくともいいが、腰もなく、とろとろのぐにゃぐにゃのうどんだった。まったくひどかった。弟子が準備して打ったうどんかもしれないが、ひどいにも程がある。


2015年4月4日土曜日

桜と伊吹山とアーモンド(2)

4月4日土曜日は、午前中晴れ、午後から北西の風が出て曇り。朝の写真は青空と伊吹山が撮れたが、午後、妻と二人でのお出かけでは曇りで少々残念。明日日曜日の桜祭りは雨だろうな。今日は散り初めで、頭上からの花びらがゆかしい。散歩道には雪と見紛う花びらがうっすら化粧になっている。

桜の魅力の度合いは、桜の木の本数とその密度だろう。その意味で、高遠城址の桜は圧巻である。城址の全面に桜が植えられ、どこを歩いても頭上は桜に覆われた状態だ。死ぬ前にベニスは見なくても、高遠城址の桜は見るに値する。我が家の裏手の桜も、堤防土手の両側に桜が植わり、堤防が桜のトンネルに覆われる素晴らしさがある。有名でないのがまたいい。写真は我が家の裏手の桜です。










 







2015年4月2日木曜日

桜と伊吹山とアーモンド

4月2日の出勤前に我が家の裏の桜と伊吹山を写真に収めました。最後の一枚は、昨秋植えたアーモンド。我が家の庭での初めてのアーモンドの花見です。桜の最初の3枚はiPhoneで、その後の4枚の桜はデジカメで撮影しました。












2015年3月28日土曜日

巣作りが苦手なツバメ、ちょっと面白い護国神社、桜のつぼみと伊吹山

今年の我が家のツバメは3月20日に来て、3月22日に相手を見つけて巣作りを始めた。ところが、それから6日も経つのに巣がなかなか出来ていかない。運んできた泥が駐車場の床に一杯落ちている。こんなことは初めてだ。苦手なんだろうけど、ガンバレ、ツバメ君。


桜のつぼみと伊吹山


岐阜市の護国神社





写真は全てiPhone5Sで撮影。


2015年3月21日土曜日

今年もツバメが帰ってきた

我が家にツバメが巣を作り初めて今年で7,8年。今年も、今日の朝10時ごろ帰ってきました。ツバメは、スズメ目ツバメ科の鳥です。大きさは、全長17Cm、翼長12Cm、体重17g。通常の飛行速度50Km/h前後。最高速度200Km(本当かな?)。寒い季節は餌が減るので、フィリピン、台湾、東南アジア、オーストラリア北部へ渡る。我が家のツバメはどこの国へ行くのかな?ツバメの平均寿命は2歳以下。運がよければ、10年くらい生きるそうです。我が家で生まれ育ったツバメが再度巣作りするのは2回くらいということになる。
2014年に面白いことがあった。1回目の雛は襲われて成燕にならなかった。2回目の時は、近くへカラスがくると、ツバメが5羽6羽と応援に来ていた。
我が家のツバメが、写真の中央で電線に留まっている。(下)



2015年3月14日土曜日

今年最初の土筆

我が家の裏手の川の堤防の土手に土筆が出ていた。今年最初に見た土筆だ。


2015年3月6日金曜日

リッパートさんは大使ではありませんよ、マスコミのみなさん

3月5日にソウルで襲撃されたリッパートさん。マスコミは大使としているけど、残念ながら間違い。リッパートさんは、envoyであり、ambassador=大使では無い。envoyは、特命全権公使。位としては、ambassador、envoy、minister=公使の順。




2015年2月7日土曜日

45年前の日時計


我が家の向う三軒両隣の一つが小学校である。その小学校の南東角に日時計がある。私がここに住み始めて20年になる。その場所に日時計があることはずっと知っていはいたが、ほとんど気にも留めなかった。

今日、午後2時に歯医者へ行く途中、小学校南東角の信号を待つ間に、日時計が目に付いたので日時計の写真を撮ってみようと思った。iPhoneのおかげでこのような写真が撮れる。

上の写真で時計の文字盤の点は30分を表す。線が00時をあらわしている。日差しが弱かったので少し見づらいが日時計の影は14:00と14:30の間にある。写真を撮った時刻は14:13だからかなり正確だと言える。写真に地方時とあるが、ここは岐阜市であることをそえておこう。


こんないい日時計が草ぼうぼうの場所に置かれ、誰も見向きもしないのは少々残念な気がする。校舎の前においておけば、児童がこれで時間を確認できるのだが。日時計の周囲は、私が写真を撮っている背後が歩道との間のフェンス、日時計の向こう側も人を寄せ付けない場所になっている。私はフェンスを跳び越えて草ぼうぼうのここへ入った。

この日時計、昭和46年度の卒業生の卒業記念品だった。(年度としてあるので、卒業年は1972年3月だと思う)。あれから45年ここに置かれているが、まったく日の目を見ていないのは、哀れな気もするが、無くなったことに比べればずっといいかな。台座にはみんなの手作りのタイルが張られている。



2015年1月13日火曜日

インフルエンザに罹ったときの対応、タミフルとカロナールの服用方法

1月10日(土)昼ごろから間接に異常な感じが出だして、夕方から熱が出だした。夜中に最高38.8度までいった。その間、頭もズキズキしてよく眠られなかった。

1月11日(日)9:30、近くの総合病院で受診をしたら、ありがたくないことにA型ウィルス陽性だった。実は、朝には、熱も37.3度ほどで頭痛もなくなっていたので、普通の風邪で済んだなと安心していただっただけに、医者からインフルですと言われたときは不幸な気分が増大した。

薬は、有名なタミフル5日分と解熱沈痛剤のカロナール5回分が処方された。いままで、鎮痛剤でアレルギーを起こさなかった薬は無いので、カロナールを使うつもりは無かったけど、1月11日の夜中には39.9度で頭痛が酷すぎて、24:30にアレルギーの可能性も心配しながら服用してみた。最初一錠飲み、様子を見て大丈夫そうなので15分後にもう一錠を服用した。

ところで、タミフルの服用方法である。少しでも早い段階から服用したほうがいいに決まっている。そうとわかっておれば、朝夕の食後に一カプセルづつなどといわず、診察したその時点で最初の一錠を飲ませてくれたらいいではないか。
私の場合ならば、9:30に受付して、10:30にインフルとわかったのだから、その時点で最初の一錠を飲ませてくれれば、インフルエンザの症状がもっと軽く済んでいたのではないかと考える。

調剤薬局で処方薬を入手したのが、11:30ごろ。そこで、聞いたのがいけなかった「朝夕食後とあるが、帰宅してすぐに服用してもよいか」。「いいえ、服用には原則12時間空けることになっていますので、それでは次が夜中の12時になりますから、夕食後からがいいと思います」。この話にまんまと洗脳された。原則12時間なら、10時間の間隔でも大丈夫だろうと思うがいかに。現に、朝食が7時で夕食が9時なら10時間と14時間だ。

結局最初の服用が19時ごろになった。10:30のチャンスを逃し、12:00のチャンスを逃したわけで、7,8時間も服用が遅れたといえる。医者も薬剤師も初動の大切さを知らないはずは無いのに、やらない、出来ない。まるで役人だな。

 お勧めは、タミフルの服用では、初回の服用を出来るかぎり早く行うこと。一応医者と薬剤師にこれこれの時間で服用するがいいですねと確認しておいてください。

もうひとつのカロナールであるが、 5回分の処方量というのが最適な分量のようだ。6時間以上間隔を空ければ使っていいそうだから、熱や頭痛があるときは、迷わず服用するとよい。私は、てっきり5日間くらい同じような熱や頭痛が続くものと思い込んで、一日一回の服用でないと無くなると思い、服用をなるべく控えたが、熱と頭痛は13日(火)で治まった。カロナールは2回分余った。
余った2回分は本来、頭痛を我慢していた時期に早めに使うべきものだったのだ。インフルエンザで苦しむ最悪期は2、3日だけ。あとは、本人の症状は無くなる。

と、言うことで、解熱鎮痛剤のカロナールは、熱や頭痛の酷いときに6時間以上間隔を空けて遠慮せず使う。連続6時間として、5回分だと30時間有効。2日以上有効となる。